Radiological Protection of People and the Environment in the Event of a Large Nuclear Accident


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ICRP基準は、福島を守ったのか?

岸田まどか

 

ICRPの基準は、1msvから20msvである。東日本大震災前は全国で1msvであったが、事故後、福島以外は事故前と同じ1msv以下であるのに対し、福島では20msv以下となり、一つの国の中に2つの基準が存在することになった。このことは、同じ国でありながら、同じ基準が適用されない矛盾を生んでいる。

 

20msv以下という限りなく人権無視の被曝を負わせているにもかかわらず、今でも全く健康被害が存在しないように、報道され、国民はそれを信じるように強いられている。しかしながら、現実には恐ろしいほどの被害がでているのだが、それを公的な機関である病院や国、県、市町村が全く認めないため、データはおろか、実態さえつかめない状況を生んでいる。そんな中、唯一といえるほどの情報を提供してくれた市議がいるのだ。南相馬市議会議員の大山弘一氏が南相馬市立総合病院から病名ごとの患者数推移のデータを公表している。それによると、事故前の平成22年度と平成29年度を比較すると、なんと、成人の甲状腺がんが29倍、白血病が10.8倍、肺がんが4.2倍、小児がんが4倍、肺炎が3.98倍、心筋梗塞が3.97倍、肝臓がんが3.92倍、大腸がんが2.99倍、胃がんが2.27倍、脳卒中が3.52倍になるとのことだ。

現実には、これだけの被害が出ているにもかかわらず、大手マスコミは黙殺し。報道は一切されない。

 

では、学者たちの動きはどうか?という疑問があると思うが、今、学者といえば、ほぼすべて御用学者であり、研究費欲しさに被曝を指摘するどころか、問題なしを繰り返す学者ばかりだとういう現実に打ちのめされる。

一方で国民は、考える元になる情報がないため、自分で情報を取得しようとしない限り、情報を得ることはできないため、大半の国民は被曝を過去のものとしてとらえているようだ。一部の危機感を持った市民団体や市民が立ち上がり、情報を発信しているが、届かないのが実情だ。反原発運動が、いまだに大きなうねりにならないのも、このあたりに問題があるように思う。

 

事故後の日本の状況をざっくりと見てきたが、そもそも、事故が起きると基準を緩和してよいという考え方自体がおかしい。事故を起こして基準を変えるのはおかしいし、変えるのであれば、原発は稼働してはいけないのだ。この国は、人の命を何とも思わない国であるため、食品の基準値も異常である。空気線量基準だけでなく、食品も水も全く管理できていないため、福島だけでなく、全国に被害は拡大中である。

 

政府の金もうけ主義は目に余るものがある。総理大臣からして“今だけ金だけ自分だけ”であるため、真面目に被曝問題や原発問題に取り組む役人も政治家(与党)も皆無である。野党の政治家は、危険性を訴え指摘しているにもかかわらず、全く聞き入れようとしていない異常な事態が横行している。その異常な事態の一つに除染土問題がある。生活に差し支えるレベルの汚染が広がっているとして、除染を開始したのに、除染した土の置き場がなくなると、今度はその汚染土を安全だといって、公共事業で使用する方針を固め、全国にばらまこうとしているのである。汚染水も同様である。この国には、基準がないばかりか、モラルすらない。モラルのない国が原発を扱うと人類を危機に陥れることもあることを世界は認識すべきだ。この国に原発を止める力もないし、まして、安全に運用する技術はあるわけがない。そして、与党(自民)の政治家がこれほどまでに原発に固執する理由として挙げられるのが、核兵器所有論だ。この国の、与党(自民)の政治家は、核兵器をもちたいと考えており、少なくとも、核兵器を製造できる技術を保持しておきたいと考えているようだ。しかし全く、このことはタブー視され、いまだ国民の中で議論されることもないため、原発廃止に歯止めがかかり続けている。国際社会はこの国のゆがんだ構造にもっと目を向け、これだけのプルトニウムを保持している現実を指摘するべきではないだろうか。

議論の最初に戻るが、ICPR基準は人々を被曝から守ったのかという問いに関しては、ICRP基準は全く役に立たず、人々を被曝から守るどころか、その基準を盾に、人々を自爆させ放題だということを訴えて、終わりにしたい。


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